よかよか宿めぐり

 こちらは(社)熊本県観光連盟推薦の旅の羅針盤「新・よかよか宿めぐり」です。熊本県内厳選ホテル・旅館、観光施設関連のポータルサイトとして1996年に開設されました。

 オンラインでホテル・旅館の予約も簡単にでき、懸賞プレゼントクイズやイベント、周辺観光情報などを紹介しています。

熊本市
熊本城
熊本県立美術館と二の丸公園
旧細川刑部邸と熊本博物館
夏目漱石旧居
小泉八雲旧居
徳富記念園
加藤清正と本妙寺
雲巌禅寺と五百羅漢
宮本武蔵
水前寺成趣園
水前寺近辺の見所!夏目漱石第三旧居
水前寺近辺の見所!後藤是山記念館
水前寺近辺の見所!『ジェーンズ邸』
山鹿市
八千代座
チブサン古墳
天草
藍のあまくさ村
天草四郎メモリアルホール
天草龍ヶ岳町ミューイ天文台
あまくさ海遊の郷「パール・センター」
名勝高舞登山からの夕景!!
名勝千巌山からの夕景!!
松島展望台からの夕景!!
天草松島の大海原で「ペーロン競槽」
西の久保公園(花しょうぶ園)
住吉自然公園
天草五橋の紹介!!(一号橋・天門橋)
天草五橋の紹介!!(二号橋・大矢野橋)
天草五橋の紹介!!(三号橋・中の橋)
天草五橋の紹介!!(四号橋・前島橋)
天草五橋の紹介!!(五号橋・松島橋)
天草海水浴情報/パールサンビーチ
天草海水浴情報/カームビーチ
天草海水浴情報/四郎ヶ浜ビーチ
熊本市 水前寺ホテル予約
熊本市 水前寺旅館予約
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熊本県観光情報

茶臼山全体を要塞化した名城・熊本城

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

 現在の熊本城(写真左は宇土櫓)は、加藤清正が築いたもので、茶臼山全体を要塞化した城である。しかしその堅固な名城も、明治10年に西南戦争勃発の折、残念ながら焼失してしまった。(石垣、櫓の一部はそのままの状態で、当時の全景写真も残されている。)

◆大天守・小天守
 大天守は三層六階地下一階、高さが32m。それぞれの階には、鉄砲方詰所や具足方詰所などがあり、極めて実戦的に優れた造りとなっている。有事の際に大天守閣1階根太石垣の張り出し箇所から、石垣を這い上がる敵に対して石を落とす仕掛けなども、実践的な名城としての特徴の一つに挙げられる。  

◆石垣
 熊本城の石垣は八合目あたりからは反り返ってほとんど90度となっており、通称「武者返し」と呼ばれている。それは敵が登ろうとも、簡単には登れない急勾配の仕組み。  

◆櫓
 熊本城築城当時の櫓は大小天守を含めて49もある大要塞。櫓は、武器、武具などの倉庫を兼ねるものでもあり、また、有事には兵士の駐屯地に利用する目的もあった。それら櫓のほとんどは、明治10年に勃発した西南戦争で消失しており、現在残っているものは、宇土櫓、監物櫓(長岡図書預櫓)、平櫓、五間櫓、北十八間櫓、東十八間櫓、源之進櫓、四間櫓、十四間櫓、七間櫓、田子櫓。(国の重要文化財)

熊本城1 熊本城2 熊本城3 熊本城4 熊本城5 熊本城6
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熊本県立美術館と二の丸公園

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

 熊本県立美術館は、熊本城の二の丸公園の西側に隣接し、古代装飾古墳のレプリカ(常時観覧可)や現代美術などを展示している。同館は、昭和51年3月に開館した総合美術館。催し物としては、企画展、共催展、貸会場展など多彩な展覧会などを定期的に開催している。また、平成4年10月には、元県立図書館を分館としてリニューアルオープンした。

 同美術館の玄関前は二の丸公園。熊本城の天守を背景に、多くの家族連れ、観光客が足を運び憩いの場として利用されている。本日の取材では小学生たちが各々弁当を持ち寄り、大楠の木陰ではしゃぎ回っていた。公園外周はジョギング、マラソン練習、ペットの散歩の恰好の場所。ウィークデーなどでもビジネスマンがトレーナー姿に変身し、昼休み時間を利用してジョギングする姿を良く目にする。  

 同公園のほぼ中央にある大楠は公園の象徴的存在でもあり、公園側から望む熊本城の大天守、小天守、宇土櫓はなかなかの絶景。重厚な城郭が楠の枝葉から見隠れする。緑に包まれた同県立美術館にはお洒落な軽食レストランもあり、ゆっくりとした時間を楽しむ事ができる。

マイカー族や観光バス専用の大きな駐車スペースも完備され、現在は午後6時までは利用可能となっている。


県立美術館の施設案内

●入館時間 本館 午前9時30分〜午後4時30分
分館 平日/午前9時30分〜午後6時・土日祝日/午前9時30分〜午後4時30分

●休館日 月曜日(祝日の場合はその翌日)・12月29日〜1月4日

●入場料金
<本館>常設展/大人260円、大学生160円、高校生以下無料(但し企画展、共催展を除く)
<分館>展覧会により異なる

熊本県立美術館と二の丸公園1 熊本県立美術館と二の丸公園2 熊本県立美術館と二の丸公園3 熊本県立美術館と二の丸公園4 熊本県立美術館と二の丸公園5 熊本県立美術館と二の丸公園6

旧細川刑部邸と熊本博物館

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

 細川刑部邸は、現在熊本城三の丸内に移築復元されているが、当時肥後に入った第3代細川忠利公の弟・刑部少輔興孝が1646年に2万5千石を与えられて興したもの。鉄砲蔵を付設した長屋門に入ると、唐破風屋根の玄関から母屋で、客間、書院となっており、奥には「春松閣」と呼ばれる2階建ての銀の間がある。別棟は台所、茶室「観川亭」や書斎などがある大名一門の屋敷。一見の価値ある建物だ。

 同刑部邸の長塀と道を挟んで、近代的な建物の熊本博物館がある。子供達の勉強の場として良く利用されているようだ。中には化石、ジオラマなどの古代の歴史を知る事ができる多くの資料展示物、そして天体が学べる大きな望遠鏡とプラネタリウム設備も整っている。

旧細川刑部邸の施設案内

●利用時間
午前8時30分〜午後5時30分(4月〜10月)、午前8時30分〜午後4時30分(11月〜3月)

●休日 12月29日〜12月31日

●入場料金
高校生以上300円、小人100円/熊本城との共通券 高校生以上640円、小人240円

旧細川刑部邸と熊本博物館1 旧細川刑部邸と熊本博物館2 旧細川刑部邸と熊本博物館3 旧細川刑部邸と熊本博物館4 旧細川刑部邸と熊本博物館5
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夏目漱石内坪井旧居

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

◆夏目漱石、五高へ赴任
 明治29(1896)年4月13日、愛媛県松山で教鞭をとっていた夏目漱石は、熊本の第五高等学校(現在の熊本大学)教授であった菅虎雄の世話で同大学へ英語の教師として赴任、池田停車場(現在のJR上熊本駅)に降り立った。人力車に乗って新坂から熊本市内中心部へ向かう途中、眼前に広がる市街地を見て「森の都」と言ったと伝えられる。

◆漱石の五高時代
 漱石は五高の英語科教授として平穏無事の内に学究生活を送った。当時の五高には、中川元校長、桜井房記教頭、そして佐久間信恭英語科主任、生涯の友人菅虎雄、狩野亨吉、漢学者長尾雨山などが教鞭をとっていた。

 漱石は正岡子規へ送った手紙の中で、「教師を辞めて単に文学的な生活を送りたきなり換言すれば文学三昧にて消光したきなり」と書いている。その頃から彼は文学者としての道を考えており、教鞭をとるかたわら俳句の指導者として近代俳句の会「紫溟吟社」を結成。明治30年10月10日五高開校記念式典で、教員総代として「夫レ教育ハ建国ノ基礎ニシテ師弟ノ和熟ハ育英ノ大本タリ・・・」という祝辞を読んだ。・・・漱石、若干30歳の時のことである。  

◆漱石の結婚、そして父親に
 明治29(1896)年6月9日、「光琳寺の借家」で貴族院書記官長・中根重一の長女鏡子と結婚。列席したのは新婦の父親、車夫など僅か6名と質素な結婚式(式の費用7円50銭)であった。三々九度の盃が一つ足りなかったことに、後に漱石は、「道理で俺たちは、けんかばかりしていたな」と笑ったと言う。内坪井旧居に移った頃には鏡子夫人は妊娠しており、明治32(1899)年5月31日、熊本に赴任して3年目に長女筆子が誕生した。漱石は、「安々と海鼠の如き子を生めり」と少々照れながら詠んでいる。・・・庭内には、筆子が産湯に使ったという井戸が今も尚残っている。

◆小説の題材となった熊本の旅
 漱石は、同僚であった山川信次郎などと共に金峰山麓小天温泉(熊本市から西方)や阿蘇(熊本市から東方)などへ旅をした。その旅の体験から「草枕」や「二百十日」などが生まれた。  

<利用時間>9:30〜16:30
<休日> 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日
<入場料金> 大人200円、小人100円

夏目漱石内坪井旧居1 夏目漱石内坪井旧居2 夏目漱石内坪井旧居4 夏目漱石内坪井旧居5

小泉八雲旧居

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

◆手取本町(鶴屋の裏)の家
 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が松江から第五高等中学校の教師として熊本に赴任したのは、漱石より4年半前の明治24年(1891)11月19日のこと。熊本に到着した八雲は、それから数日間は借家を探すために不知火館(後の研屋支店)に宿泊し、手取本町34番地(鶴屋裏)赤星晋策氏の家を借家として探し当てた。八雲は新居に神棚を特注し、毎朝その神棚に拍手・礼拝して学校に通っていたと言われる。当時の八雲の生活環境は、殆ど日本式の畳の上の生活であったようだ。  

◆1年後、坪井の家へ転居
 赴任して1年後の明治25年(1892)11月に、八雲は西外坪井町堀端35番地に転居。翌年11月に長男一雄が誕生しているが、一雄という名は、ラフカディオ(カディオは一雄の意味)に因んだものと言われている。八雲の熊本での最初の仕事は「知られぬ日本の面影」の執筆であった。そして次々に「東の国から」、「心」などの作品を書き上げている。八雲が世に作家として知られるようになったのは、この熊本時代の作品によるものだ。

◆第五高等中学校と八雲
八雲の授業は教科書をほとんど使わず、会話形式で英文学を易しく教える手法であった。英作文指導にも力を入れ、丁寧に添削をしていたようで、当時の生徒の英作文は「九州の学生とともに」 という作品の中で垣間見る事ができる。  

<利用時間>9:30〜16:30
<休日> 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日
<入場料金> 大人200円、小人100円

小泉八雲旧居1 小泉八雲旧居2 小泉八雲旧居4 小泉八雲旧居5

徳富記念園

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

◆徳富旧居と徳富記念館  徳富記念園は、「徳富旧居」と明治100年事業として建築された「徳富記念館」を併せた名称。若干20歳の蘇峰が、明治15年に開いた大江義塾跡としても知られている。同園には蘇峰が師と仰いでいた新島讓が贈ったアメリカ土産(一粒の種)から大きく育ったカタルパの木が、今はその2代目・3代目として100年以上もの間、5月頃には真っ白な花をつけて園内を彩っている。

◆文豪徳富蘆花の修行の場
 明治9年10月24日は神風連の乱が起きた日。幼い当時の蘆花は、恐る恐る二階の雨戸の隙間から同事件を垣間見ていたのだった。その事については、「恐ろしき一夜」(明28)に書かれている。翌年には西南戦争が起ったため、盧花一家はここから沼山津や杉堂に避難していた。戦いが終わり、愛犬が食べられ頭だけが残っていた話は、「犬の話」(明28)に書かれているが、盧花を有名にした作品は、「不如帰」(明33)と「自然と人生」(同)。それから「思出の記」(明34)や「黒潮」(明36)など多くの名作を残した蘆花は、18歳までここで暮らしていた。兄の大江義塾は盧花にとっては、文豪として花咲くまでの修業の場であった。

◆徳富蘇峰と大江義塾
 蘇峰は、明治9年1月のキリスト教信仰の誓い(花岡山)に参加し熊本を追われ、それから同志社に学び、明治13年に帰熊した。当時は自由民権運動が盛んで、蘇峰もさっそくその運動に参加し、「大江義塾」を建てた。  

 同塾には、のちに中国革命で知られる孫文を援けた宮崎滔天など、多くの有能な青年たちが学んだ。当時、蘇峰は上京し、板垣退助、田口卯吉、中江兆民、馬場辰猪ら土佐の自由民権運動家たちと会ったりして、東奔西走していたようだ。また蘇峰は、教育カリキュラムにイギリス19世紀の歴史、政治、経済を導入したり、米国総合誌「ネーション」や「ライブラリー・マガジン」を入手して、塾生たちに読ませていた。  

 明治19年には「将来之日本」を出すことになり、大江義塾を閉ざし上京することになった。翌年、東京に「民友社」を設立、それから「国民之友」という雑誌を発刊し、華々しいデビューをすることになった。・・・しかし、それまでの支え、そして礎となったものが熊本の「大江義塾」にあることを忘れてはならない。

園内にある徳富記念館には、蘇峰・蘆花の兄弟文豪の著書や遺品などが数多く展示されている。  

<利用時間> 9:30〜16:30
<休日> 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日
<入場料金> 大人200円、小人100円

徳富記念園1 徳富記念園2 徳富記念園2 徳富記念園4 徳富記念園5 徳富記念園5
徳富記念園1 徳富記念園2 徳富記念園2 徳富記念園4 徳富記念園5 徳富記念園5

加藤清正と本妙寺

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

 「本妙寺宝物館」は、本妙寺境内にあり、熊本城の建造した名将・加藤清正(ニックネームは、清正公さん=セイショウコウサンと呼ぶ)の遺品や、加藤家や細川家に関する文書、書画、工芸品など約1400点が収蔵、展示されている歴史博物館。

 同宝物館には国認定重要文化財「三池典太光世作 短刀」、「紙本墨書 日本紀竟宴和歌上下2巻」、国指定重要美術品「絹本墨書 安南国書」、県指定重要文化財「備州長船祐定作 短刀」などが収蔵されている。「紙本墨書 日本紀竟宴和歌上下2巻」は鎌倉中期の宗尊親王の筆写本で、日本中で本妙寺だけにしかなく、清正公はこれを肌身離さず持っていたと伝えられる大変貴重な品。毎年11月3日に宝物お風入れがあり、全宝物が公開されている。  

 また、本妙寺本堂から更に中尾山(本妙寺山)八合目へ足を運ぶと、そこには槍を片手に清正公銅像が堂々たる姿で立っている。銅像は昭和10年(1935年)が清正公没後325年の記念事業として本妙寺が製作、安置したもの。因みに銅像の製作は長崎出身の彫刻家で有名な北村西望氏に委嘱。同年4月、高さ8.2mに及ぶ銅像が上熊本駅に到着し、現地まで僧達の読経に合わせて信者達が紅白の綱を曵いて登り、台座に据え付けた。銅像は昭和19年4月戦争末期の金属供出で一度撤去されたが、昭和35年4月に再建され今日に至っている。


◆本妙寺宝物館施設案内◆

<利用時間> 9:30〜16:30
<休日> 月曜日(祝日の場合は翌日)
<入場料金> 大人300円、中・高生200円、小学生100円

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雲巌禅寺と五百羅漢

〜ロゼッタニュースより抜粋〜

◆雲巌禅寺と五百羅漢
 本妙寺から峠の茶屋を通り金峰山の西麓へ足を運ぶと、南北朝時代に日本に渡来した元の禅僧東陵永が開基したと伝えられる雲巌禅寺(曹洞宗に属する寺)という寺がある。  

 それは樹木におおわれ、神秘的な霊場として知られている寺である。岩山を削ってつくられた細道を通って行くと、右手に大きな岩盤(1枚岩)が見え、滑稽というか、不気味という表現が適切なのか分からないが、五百羅漢の幾体もの姿に圧倒されてしまう。すべての表情、姿の異なる沢山の羅漢が急斜面に座しており、沢山の顔々が一堂に視線を向けて来る。・・・自分に似た顔がどこかにありそうな。  

 開山東陵永の木像は鎌倉時代の作風を残す室町時代の優れた彫刻として、国の重要文化財に指定されている(熊本博物館に展示)。また、この寺の裏山には、宮本武蔵で知られる「霊巌洞」があり岩戸観音が祀られている。

◆五百羅漢の碑
 熊本の商人・渕田屋儀平の願により1779年から1802年まで、24年かかって奉納したといわれている。永年の風雨による自然崩壊や明治初頭の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)、1889年の大地震の破損等で完全なものは約半数に減っている。羅漢とは釈迦の教えを聞いて悟りをひらいた俗体の弟子達のことであり、釈迦の信仰と共に羅漢も信仰の対象とされるようになった。五百羅漢は一つ一つの姿を注意してみると、必ず自分の身内にそっくりの顔を見い出すことができるとの言い伝えがある。

平成2年早春 大仙哲翁

◆雲巌禅寺施設案内◆

<利用時間> 8:00〜18:00(4月〜11月) 8:00〜17:00(12月〜3月)
<休日> なし
<入場料金> 大人200円、小人100円

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宮本武蔵/二天一流の由来

霊巌洞石碑より〜ロゼッタニュースより抜粋〜

 二天一流は世に言われている二刀流ではない。剣聖・宮本武蔵は生涯を行雲流水の求道の旅で終わり、30歳の前半を諸国の兵法者と戦い、51歳に至る約20年は史実的に全く空白で、東西に剣客の旅を続け、寛永17年に肥後の細川忠利侯に招かれ、細川藩軍事顧問として肥後千葉城に居住し、忠利侯の命を受け「兵法35箇条」を献上した。

 その2年後に兵法35箇条を骨子とした五輪書を霊巌洞に籠り執筆し、正保2年5月12日寺尾勝信に伝授、寺尾信行には35箇条を授与し、師範家相続の証とした。  

 以来、二天一流は五輪書で確立し、師範家は5流派に分かれ藩外不出として栄え、江戸末期には、野田、山尾、山東の3流派のみ継承され、その後明治から昭和に渡り断絶或いは再興し、県外流出の流派もあり、現在では師範家は野田派のみ連綿として熊本に現存している。  

 野田派では毎年5月19日の武蔵の命日に霊巌洞で、6月12日の寺尾信行の命日に寺尾信行の墓前で、五方の形、二刀太刀、一刀太刀を奉納し先師の霊を弔い、道場では朝鍛夕練の精神で二天一流の鍛練を続けている。

野田派 二天会会長 大浦辰男 記

◆武蔵塚公園

 門をくぐると宮本武蔵の二天一流「五方の形」の一つである『右直の構え』をした銅像が大樹の陰に立っている。その他、園内に清靖亭などがあり、その庭園奥には武蔵が眠る。この静かな庭園は毎年春に花見で賑わっている。

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水前寺成趣園

〜ロゼッタニュースより抜粋〜
 水前寺成趣園は以前は修学旅行の定番であった。関西、関東方面からの修学旅行バスが連なり、熊本城見学のあと必ずと言ってよいほど同園に足を運んでいた。ロゼッタ・ストーンの月例クイズ応募者からも「阿蘇から熊本城、水前寺公園に行った事を思い出します。大変懐かしい!」といったメッセージが入ってくる。最近はめっきり減ってしまった修学旅行だが、熊本の歴史探訪などをテーマに、体験型の教育旅行地として復帰して脚光を浴びてもらいたいものである。

 全国でも有名なこの庭園は、もともとお茶屋と呼ばれる細川藩主の休息所であった。寛永9年(1632年)肥後の領主となった細川忠利が築造を開始し、孫の綱利のときに桃山式庭園が完成した。東海道五十三次を模した芝山や泉水に浮かぶ小島、富士山に見立てた築山の周りは手入れが行き届いており、四季折々に訪れる観光客の目を楽しませてくる。  

◆古今伝授の間
 古今伝授の間は、細川藤孝が慶長五年(1600年)、後陽成天皇の弟桂宮智仁親王に「古今和歌集」の秘伝を伝えたことから、その名の由来がある。水前寺成趣園の正面に建つ、茅葺きの風雅な茶室。この建物は、もともと京都にあって長岡茶室と呼ばれていたが、明治時代に入って細川家に返還され、大正元年(1912年)に現在の水前寺に再建された。杉戸の「雲龍」は狩野永徳、そして襖の「竹林七賢」は海北友松の作と伝えられている。

水前寺成趣園1 水前寺成趣園2 水前寺成趣園3 水前寺成趣園4 水前寺成趣園5 水前寺成趣園6
水前寺成趣園7 水前寺成趣園8 水前寺成趣園10 水前寺成趣園11 水前寺成趣園12 水前寺成趣園14

水前寺近辺の見所!夏目漱石第三旧居

〜松屋本館新着情報〜
夏目漱石第三旧居1 夏目漱石第三旧居2 夏目漱石第三旧居3
明治29年、夏目漱石が今の熊本大学である第五高等学校の英語の教師となり、4年5ヶ月在住し、その間に6件の家に住んだ3番目の家。もともとは大江に在ったこの家から玉名郡天水町の小天(おあま)温泉への旅に出かけ、その経験を題材にして『草枕』が生まれたそうです。

■開館時間 8:30〜16:30
■休館日  毎週月曜日(祝祭日の場合は翌日)年末年始(12/29〜1/3)
■入館料  高校生以上200円 小中学生100円
■お問合せ 096-382-6076

水前寺近辺の見所!後藤是山記念館

〜松屋本館新着情報〜
後藤是山記念館1 後藤是山記念館2 後藤是山記念館3
”生涯一記者”の誇りに生きた熊本市名誉市民である後藤是山(1886〜1986)の記念館です。与謝野鉄幹・晶子夫妻や徳富蘇峰ら著名な文化人たちの影響を受けて、新聞人、文化人として、和歌・俳句・郷土史など他分野にわたっての活躍をしました。与謝野鉄幹・晶子夫妻の色紙や短冊、堅山南風の絵手紙をはじめ、江戸時代から現代にかけての絵・書・掛け軸など数多くのコレクションを誇ります。

■開館時間 9:30〜16:30
■休館日  毎週月曜日(祝祭日の場合は翌日)年末年始(12/29〜1/3)
■入館料  高校生以上200円 小中学生100円
■お問合せ 096-382-4061

水前寺近辺の見所!『ジェーンズ邸』

〜アネッソ マツヤ新着情報〜
ジェーンズ邸1 ジェーンズ邸2 ジェーンズ邸3
『ジェーンズ邸(熊本洋学校教師館)』
1891年熊本初の西洋建築として建てられ、同年開設された熊本洋学校に招かれた、アメリカ人教師ジェーンズ氏が居住していたので、この名前で親しまれています。

■開館時間 8:30〜16:30
■休館日  毎週月曜日(祝祭日の場合は翌日)年末年始(12/29〜1/3)
■入館料  高校生以上200円 小中学生100円
■お問合せ 096-382-6076

八千代座(和風木造大建築物・歌舞伎劇場)/熊本県山鹿市

〜ロゼッタニュースより抜粋〜
 熊本県北部に位置する温泉郷山鹿市に、日本でも有数の本格的な歌舞伎芝居小屋(劇場)がある。その八千代座は明治44年正月に落成したもので、平成13年秋に大改修工事を終え、再び美しい和風木造大建築物の偉容を誇る姿を現した。

 明治、大正、昭和初期当時は娯楽が少なかったため、このような劇場が日本各地に数百カ所点在していたようだが、今も尚その姿を残しているのは全国でも六ヶ所しかなく、大変希少価値のあるものだ。

 八千代座は本格的な劇場のため、人力による「回り舞台(円形の回転するテーブルで、舞台中央に設置されている)」、「迫り」や「すっぽん」などの設備があり、現役の劇場として板東玉三郎公演など多数のイベントが執り行われている。

 毎年8月15日、16日に開催される夏の火の祭典「山鹿灯籠まつり」、800年の歴史を誇る「山鹿温泉」、装飾古墳の代表格「チブサン古墳」など、歴史と伝統に包まれた熊本県北部の魅力ある温泉町へ、是非足を運んで頂きたい。

八千代座(国指定重要文化財/熊本県山鹿市)


History of Yachiyoza Theater】・・・山鹿市資料から抜粋

■The Yachiyoza Theater was built with the support of the Yamaga Chamber of Commerce and Industry in 1910. At that time, Yamaga was prosperous as a center of commerce and industry in northern area of Kumamoto Prefecture, and was famed for its hot springs throughout Japan.
■The Theater was built for tow reasons, the first of which was the desire of the people of the Chamber of Commerce and Industry to invite their clients out to express their appreciation. And the second points was the high interest shown by the people of Yamaga in popular culture of all types, including the theater.
■The Yachiyoza Theater opened in January 1911, presenting a kabuki drama performed by the Matsushimaya Family. The performance created a sensation throughout the town. The Yachiyoza reached the peak of its popularity in the latter half of the Taisho(1912-1925) and the early Show(1926-1988) eras.
■In the Thaisho era, other forms of entertainment such as silent movies and naniwa-bushi recitals also became popular, joining traditional theater and kabuki drama. In particular, the kabuki drama performed by woman proved extremely popular with the people of Yamaga. In 1917, Tolstoy's "Resurrection" was performed, and a song from the play became a super hit.
■In the Show era, the Yachiyoza Theater began to offer a variety of events: lectures, composite plays where actors performed on stage against images projected on the screen, and competitions for judo, sumo wrestling and boxing. With the end of World War II in 1945, violin recitals and ballet performance were held, inviting famous artists from across the nation. Between 1955 and 1964, the movie industry was in its most vigorous period, and countless movies were screened at the Yachiyoza Theater.


■八千代座のお問い合わせ■
〒861-0501熊本県山鹿市大字山鹿1499 TEL/FAX:0968-44-4004

チブサン古墳(国指定史跡)/熊本県山鹿市

 熊本県山鹿市にある全国的に有名な装飾古墳で、全長45m(後円部径24m、前方部幅15.7m)の前方後円墳です。近くにはオブサン古墳、鍋田横穴群、弁慶が穴などが点在しています。
 古墳時代6世紀頃に造られたもの。石棺の正面の石板装飾の絵柄が女性の乳房に似ているところから「乳の神様」として現在も信仰が続いています。

〜チブサン古墳/装飾古墳〜
チブサンCGチブサン玄室内部
ディー・アンド・エルリサーチが製作したチブサンCGデジタルカメラで撮影したチブサン玄室内部

 羨道を通り、前室をくぐり抜けると後室がある。上の映像は後室の奥にある石棺を、コンピュータ・グラフィックスで再現した立体シミュレーションです。正面の石板には菱形連続文様の中に、円形(同心円)文様と三角文が配置してあり、アート的に大変面白い効果を醸し出しています。左端から2枚目の石板が失われているのが残念です。
 また、右側の石板には奇妙な角(冠?)のある人が、その背後に七つの円盤(UFOのようにも見える)が描かれていて、ミステリアスな感じがします。全国でも大変珍しい装飾文様です。左端に立つ黄金の少女は石棺の大きさと比較するために設置した架空のオブジェクトであり、その背丈は165cmに設定してあります。

藍のあまくさ村(上天草市)

熊本の観光地と言えば、阿蘇と並び有名なのが天草です。
天草四郎と天草五橋で全国的にも知られる熊本の観光スポットで、名物としては天草竹輪や有明の干しだこが有名です。
場所は、天草五橋の一つ一号橋を渡りしばらく車を走らせると道沿いにある物産館が藍のあまくさ村です。
日本一大きい天草四郎像とたくさんの大漁旗が目印です。
天草へ旅行にいらっしゃいましたら是非一度、天草・藍のあまくさ村へお立ち寄り下さい。

■藍のあまくさ村のご案内
〒869-3601
熊本県上天草市大矢野町登立910
TEL:0964-56-5151  FAX:0964-56-5061

藍のあまくさ村 オフィシャルページはこちら
日本一大きな天草四郎像 日本一大きな天草四郎像 藍のあまくさ村 全景
藍のあまくさ村 全景 日本一大きな天草四郎像
島カフェ 島カフェ

藍のあまくさ村・島カフェ情報

〜THE ROSETTA STONE BLOGより抜粋〜
 突如熊本県天草の「藍のあまくさ村」の出現した、南国ムード溢れる島カフェ。そこに熊本で唯 一の「雪花氷(シェーファーピン)」も発見!!にわかに人気を呼んでいる、冷た く爽やかな食べ物だ!!

 私も試食してみたが、先ず日本のかき氷と違って、マンゴーのジュースの固まりをそのまま削り、ふわふわな雪のイメージで口の中に溶けて行く。実に不思議な食感だが、食べていて喉が渇かないのが実にいい。これは世代を超えたデザートだと思った次第。
島カフェ 日本一大きな天草四郎像 雪花氷
あまくさ村の中にあるちくわ工場
島カフェ 島カフェ 島カフェ
島カフェ

天草四郎メモリアルホール(天草四郎公園)

〜松島観光ホテル岬亭 新着情報〜
天草四郎メモリアルホールは、ジオラマや立体映像などで、天草島原の乱やキリシタン殉教の歴史をわかりやすく紹介している施設です。
また、天草四郎公園内にある「愛の鐘」(写真右)は、愛する人のことを想いながら海に向って鐘をつくと、潮風にのってその想いが相手に伝わると言われています。

■天草四郎メモリアルホールのご案内
開館時間= 9:00〜17:00
休館日= 年末年始(12月29日〜1月1日)
    1月第2水曜日・6月第2水曜日
駐車場= 大駐車場があります。
入館料= 大人600円 中学生以下300円(幼児は無料)
20人以上から団体割引あり(1割引)
所在地= 〒869-3603
熊本県上天草市大矢野町中977-1
tel:0964-56-5311(tel・fax兼用)

龍ヶ岳町ミューイ天文台/熊本県山鹿市

〜詳細ページ〜
 ミューイ天文台は天草松島町(国道324号線)→姫戸町→龍ヶ岳町(266号線)を通り、大道<オオドウ>から龍ヶ岳山頂、車で約1時間のところにあります。登山道路も大きなヘアピンが数カ所有り、マウンテニョスで、勾配の急な道が続く。夜のドライブとなるので、安全運転が一番。ヘアピンの途中など、眼下に広がる夜の港のイルミネーションが素晴らしい。
★各写真をクリックすると大きな映像を見ることができます。

大型望遠鏡 大型望遠鏡 プラネタリウム ビデオ室 土星の模型
●開館時間10時〜22時(4月から9月)
10時〜21時(10月〜3月)
●入館料大人200円・子供(小中学校)100円
●プラネタリウム投影時間10時・11時・13時・14時・15時・16時
●天体観測利用時間4月〜9月:19時〜22時
10月〜3月:18時〜21時
●休館日毎週月曜日・・・天文現象の時は開館することもある。

種別/区分大人1回子供1回
プラネタリウム200円100円
大型望遠鏡200円100円
小型望遠鏡1台貸切300円1台貸切300円

あまくさ海遊の郷「パール・センター」

〜詳細ページ〜
 天草パールセンターは五橋遊覧船の発着場も隣接しており半日たっぷり遊べる総合レジャー施設です。場所は、天草パールラインの4号橋に位置し、雲仙天草国立公園の大パノラマを見渡せます。今年3月、見学スポットもさらに充実し、バリアフリー対応も万全にし、あまくさ海遊の郷「パール・センター」と新しく生まれ変わりました。真珠館やパールマリア館などの数あるスポットの中でも、海に浮かんだ巨大な楕円形の船がドーナツ型をしている、わくわく水族館「シードーナツ」は一際目を引きます。
★以下の情報は、2001年3月20日のものです。

◆交通アクセス◆
熊本からバスで1時間30分・熊本空港から車で1時間20分・松橋インターから車で1時間・三角駅からバスで20分・本渡からバスで50分

◆営業時間◆
午前9:00〜午後5:00(年中無休)

◆入場料◆
(1)「シードーナツ」大人1300円 中高生800円 小学生500円 幼児(3歳以上)400円
(2)パールラインめぐり遊覧船(所要時間30〜40分)
   大人2300円 中高生1800円 小学生900円 幼児800円(3歳以上)

名勝高舞登山からの夕景!!

〜詳細ページ〜
天草松島は、美しい夕景でも知られており「日本の夕陽百選」にも選ばれています。

高舞登山(たかぶとやま・標高117m)は国指定の名勝で、その展望台からは美しいマリンブルーの海原に点在する島々と天草五橋のパノラマが広がり、ここからの夕日はまさに絶景です!
高舞登山展望台のすぐ近くまでは車で行くことができ、駐車場から展望台までは徒歩で3分程度です。

名勝千巌山からの夕景!!

〜詳細ページ〜
天草松島は、美しい夕景でも知られており「日本の夕陽百選」にも選ばれています。

千巌山(ぜんがんざん・標高162m)は、高舞登山とともに国の名勝に指定されていて、その展望台からは天草松島の美しい島々や天草五橋、雲仙、島原などのパノラマを眺望することができます! また、天草四郎が天草の乱出陣の際に、千巌山の山頂で宴を行い、杓子で酒を酌み交わしたと伝えられていて、昭和8年までは手杓子山と呼ばれていました。

松島展望台からの夕景!!!!

〜詳細ページ〜
天草松島は、美しい夕景でも知られており「日本の夕陽百選」にも選ばれています。

松島展望台は、松島観光ホテル岬亭から車でしたら1〜2分、徒歩で5分ほどのところにある展望台で、天草五橋や普賢岳を一望することができます。

天草松島の大海原で「ペーロン競槽」!!

〜詳細ページ〜
松島観光ホテル岬亭では、天草の自然を満喫できるような様々な企画を「天草たんけん集」と称して、「発見&体験」を教育旅行に携わる各旅行社に提案しています。

「ペーロン競漕」は、もともと天草五橋祭の行事の時に使うペーロン船で、上天草市松島町所有の船を借用して漕艇体験を行なうというものです。この体験と通して、風光明媚な天草松島の島々の美しさを楽しみながら、忍耐力・精神力を養うとともに、体力増強、健康増強を図り、集団行動を通して責任感、協調性、自制心、決断力を養いコミュニケーションを図るというのが狙いです。


西の久保公園 花しょうぶ園

〜詳細ページ〜
里山の棚田を利用した全国的にも珍しい花しょうぶ園で、約25万株の花しょうぶや約3千株の紫陽花などを楽しむことができます。

2008年6月7日(土)から6月15日(日)、天草市・西の久保公園にて「花しょうぶ祭り」が開催されます!
また、花しょうぶ祭りの期間中は、公園内で陶磁器や農産品など天草の特産品がもりだくさんの「大バザール」やお茶会・ブライダルフォト撮影会など多数のイベントも開催されます。

住吉自然公園

〜詳細ページ〜
住吉自然公園は、古くから船舶航行安全の守りとして住吉神社が祀られている公園で、紫陽花の名所でも知られています。公園内には、約20種類・2,000株の紫陽花が植えられており、写真のように公園全体が色とりどりの紫陽花に包まれています。

天草五橋の紹介!!(一号橋・天門橋)

〜詳細ページ〜
「天草五橋」は、熊本県宇土半島先端の三角から、天草諸島の大矢野島〜永浦島〜池島〜前島〜天草上島までを結ぶ5つの橋のことで、1966年(昭和41年)9月24日に開通しました。

一号橋〜五号橋の間の国道(国道266号・国道324号)は、真珠の養殖が盛んなことから「天草パールライン」と呼ばれています。また、二号橋〜五号橋の間の大小さまざまな島が浮かぶ風景は「天草松島」と呼ばれ、日本三大松島の一つに数えられています。(^o^)
一号橋(天門橋)は三角〜大矢野島を結ぶ、九州本土から天草への入り口となる橋です。 全長は502m、連続トラスという工法で造られています。

天草五橋の紹介!!(二号橋・大矢野橋)

〜詳細ページ〜
二号橋(大矢野橋)は大矢野島〜永浦島を結ぶクリーム色の橋です。
全長は249m、ランガートラスという工法で造られています。
一号橋〜二号橋の間は車で15分ほどですが、二号橋〜五号橋の間(約3km)は、小さな島づたいにほぼ連続しています。

天草五橋の紹介!!(三号橋・中の橋)

〜詳細ページ〜
三号橋(中の橋)は永浦島〜大池島を結ぶ橋です。 全長は361m、PCラーメンという工法で造られています。一号橋〜二号橋の間は車で15分ほどですが、二号橋〜五号橋の間(約3km)は、小さな島づたいにほぼ連続しています。

天草五橋の紹介!!(四号橋・前島橋)

〜詳細ページ〜
四号橋(前島橋)は大池島〜前島を結ぶ橋です。 全長は520mあり、天草五橋の中で一番長い橋になります。また、三号橋と同じPCラーメンという工法で造られています。
一号橋〜二号橋の間は車で15分ほどですが、二号橋〜五号橋の間(約3km)は、小さな島づたいにほぼ連続しています。

天草五橋の紹介!!(五号橋・松島橋)

〜詳細ページ〜
五号橋(松島橋)は前島〜天草上島(松島町合津)を結ぶ橋です。 全長は178m、パイプアーチという工法で造られており、綺麗な赤のパイプが特徴です。

天草松島・海水浴情報!!〜パールサンビーチ〜

〜詳細ページ〜
パールサンピーチ(樋合海水浴場)」は、天草五橋の二号橋より約2キロのところにある海水浴場で、晴れた日には普賢岳や長崎鼻などを見渡すことができます。また、潮が引くと向かいにある天草富士とも呼ばれる高杢島(たかもくじま)まで歩いて渡ることもできます。(^o^)

■パールサンピーチ(樋合海水浴場)施設のご案内
駐車場(500台収容)・砂浜の幅 = 300m
・東屋2棟・管理棟・更衣室
・トイレ・シャワー室・売店

天草松島・海水浴情報!!〜カームビーチ〜

〜詳細ページ〜
「カームビーチ(西目海水浴場)」は、松島観光ホテル 岬亭より車で10分程度、千巌山より約2キロのところにある海水浴場です。地理的に奥まったところにあるせいか、あまり知られていない海水浴場なのですが、景色も美しく綺麗な砂浜ですので、ちょっとしたプライベートビーチ気分が味わえます。(^o^)

■カームピーチ(西目海水浴場)施設のご案内
駐車場(80台収容)・砂浜の幅 = 300m
・監視棟・更衣室・トイレ・シャワー
・海の家(光アイランド tel:0969-56-3647)

天草松島・海水浴情報!!〜四郎ヶ浜ビーチ〜

〜詳細ページ〜
リップルランド・四郎ヶ浜ビーチは、松島観光ホテル 岬亭より松島有料道路を通って車で20分程度のところにある海水浴場です。物産館やレストラン・展望台・有明温泉さざ波の湯などの施設もあり、人気のスポットとなっております。
また、7月20日(日)には、有明町の一大イベント「さざ波フェスタ2008」も開催されます。(^o^)

■四郎ヶ浜ビーチ施設のご案内
駐車場(500台収容)・砂浜の幅 = 515m
・監視棟・更衣室・トイレ・シャワー・コインロッカー
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